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森デザ|流域の森づくり政策デザイン室


森林政策コラム④ 『森林環境譲与税、何に使っていい?どう使えばいい?』

 「森林環境譲与税、何に使えばいいんでしょうか。」

 森林行政に携わっていると、こうした悩みを聞くことがあります。

 森林の多い自治体なら、比較的分かりやすいかもしれません。手入れが必要な人工林があり、森林所有者への働きかけや森林経営管理制度の推進など、まず森林整備を考えることができます。

 一方で、森林の少ない自治体では、「市内に森林があまりないのに、何に使えばいいのか」と悩むこともあるでしょう。

 私は、森林環境譲与税の使い道を考えるとき、「何に使えるか」を探す前に、「地域にとって森林とは何か」を考えることが大切だと思っています。

森林環境譲与税の本丸は、人工林の森林整備

 森林環境譲与税を考えるうえで、森林整備は外せません。

 ここでいう森林整備とは、主として人工林を適切に管理し、森林の公益的機能を維持・回復・増進するための整備を指しています。

 どこに手入れが必要なのか。森林所有者は管理できているのか。森林経営管理制度をどう進めるのか。

 こうした森林そのものの課題に向き合うことが、森林環境譲与税の本丸だと私は考えています。

 ただし、森林整備なら何でも森林環境譲与税を使えばよい、ということでもありません。

 例えば、木材生産を目的とする利用間伐や主伐、林業用路網の整備など、林業生産としての性格が強い事業については、公共造林事業など、既存の森林・林業関係の支援制度との役割分担をまず考える。

 これは、営利だから森林環境譲与税を使ってはいけないという話ではありません。

 営利性の強い事業ほど、まず利用できる補助金・交付金がないかを考え、そのうえで森林環境譲与税を使うのであれば、なぜこの財源なのかを説明できるようにする。

 その方が、自治体としても財源の使い分けを説明しやすくなります。

森林整備の次に、木材利用、環境教育、森業へ

 森林整備の次に考えられるのが、木材利用です。

 ここでも、単純に「林業振興」と考える必要はありません。

 地域材を地域で使う。木材に炭素を固定する。森林資源を地域で循環させる。

 森林と地域をつなぐための木材利用と考えれば、森林政策としての意味が見えてきます。

 環境教育も同じです。

 森林の公益的機能や森林と暮らしとのつながりを知る人を増やす。森林を社会全体で支えていくための基盤づくりです。

 そして、その先には森林ビジネスや「森業」があります。

 森林を守る人だけでなく、森林を使って仕事をする人を増やす。森林資源から商品やサービスを生み出す人を増やす。

 個々の営利活動を直接支援するというより、森林を活用して活動する人が生まれる環境をつくるという考え方です。

森林環境譲与税だけで考えない

 ここが、私が一番伝えたいところです。

 森林環境譲与税を使うことを、最初から目的にしないことです。

 森林・林業分野には、国や県による補助金・交付金など、さまざまな支援策があります。

 森林整備、林業生産、木材利用、担い手、スマート林業など、それぞれに制度があります。

 一方で、活用事例には、支障木の伐採や公園の樹木整備などもあります。

 これらも、「使えるか」ではなく、「森林の公益的機能の維持・回復・増進につながるか」から考えるべきだと思っています。

 だから、

 「森林環境譲与税があるから、この事業に使おう」

 ではなく、

 「この地域の課題を解決するには、どの制度・財源を使うのが適切なのか」

 と考える。

 森林環境譲与税は自由度の高い財源です。だからこそ、

 なぜこの事業なのか。

 なぜこの財源なのか。

 森林政策とどうつながっているのか。

 そこまで説明できることが大切です。

自治体で答えは異なる

 森林の多い自治体なら、まず人工林の森林整備を考える。

 森林の少ない自治体なら、森林との関係から考える。

 木材利用、環境教育、流域とのつながり、森林を支える人や森林を活用する人を増やすことなど、地域によって重点は変わります。

 大切なのは、全国一律の正解を探すことではありません。

 その自治体にとって、森林環境譲与税を使って何を実現することが必要なのか。

 そこから考えることです。

「何に使えるか」から「何をするべきか」へ

 森林環境譲与税の使い道を考えるとき、必要なのは使える事業の一覧表だけではありません。

 地域の森林にどんな課題があるのか。

 森林が少ないなら、地域と森林はどうつながっているのか。

 何を優先するのか。

 そのために、どの制度・財源を使うのか。

 この順番で整理することが大切です。

 そこで実感しているのは、制度を知ることよりも、制度を組み合わせて地域の政策にすることの方が難しいということです。

 担当者が通常業務を抱えながら、一から調べて整理するには時間がかかります。

 でも、私はこの仕事を自治体の中で長年やってきました。

 だからこそ、こうした整理は、もっと早く、もっと小さな負担でできると思っています。

 「森林環境譲与税の使い道を一度整理したい。」

 「今考えている事業に、どの財源を使うのがよいか見てほしい。」

 そんなところからで構いません。

 森林環境譲与税の使い方を、一度整理してみませんか?

 「何に使える?」から「この地域では何をするべき?」へ。

 制度に地域を合わせるのではなく、地域の課題に制度を合わせる。

 それが、森林環境譲与税を活用するときの、私なりの考え方です。


森林政策コラム③ 『森林・林業の最大の発明は何ですか?』

 森林・林業の世界でも、この20年ほどの間に様々な新しい技術が登場し、普及してきました。

 森林の調査では、GNSSやGIS、航空レーザー、UAV(ドローン)、地上レーザー。森林施業では、高性能林業機械やICTを活用した生産管理。造林では、コンテナ苗やエリートツリー。そして木材利用では、CLTをはじめとする新たな木質材料。

 それぞれの分野で、森林・林業の仕事を大きく変える技術が生まれてきました。

 では、この20年ほどで、森林・林業を最も変えた「発明」は何でしょうか。

 人によって答えは違うと思いますが、20年以上、森林・林業に関わってきた私が一つ挙げるなら、

  デジタルコンパスです。

 理由は、とても単純です。

  検縄を引かなくてよくなったからです。

森林施業は、木を伐るところから始まるわけではない

 森林施業を行う前には、所有者の特定から始まり、現地踏査、境界確認、境界標の設置、周囲測量、森林調査など、様々な作業があります。

 そして、その多くは当然ながら森林の中で行います。

 道のない森林を縦にも横にも歩きます。急斜面もあれば、沢もあり、藪もあります。過密な人工林では林内も暗く、歩くだけでも大変ですよね。

 その環境の中で、位置、方位、距離、立木の胸高直径や樹高など、様々な数値を測り、記録していきます。

 今のようにデジタル機器が当たり前になる以前は、それらをアナログで測定し、野帳に記録していました。

「検縄を引く」という仕事

 かつてのコンパス測量では、コンパスで方位を測り、測点間の距離は検縄、いわゆるメジャーを引いて測っていました。

 山の中で、この「検縄を引く」という作業がなかなか大変ですし、精度を保つことも容易ではありません。

 測点から次の測点まで人が移動し、検縄を伸ばす。木があれば避け、斜面を上り下りしながら距離を測る。

 それがデジタルコンパスでは、方位と距離を機器で測定できます。

 つまり、

「検縄を引く」という一つの工程そのものがなくなった。

 私はここが、とても大きかったと思っています。

 新しい技術というと、より高精度になった、より多くのデータが取れるようになった、といった性能の向上に目が行きがちです。

 もちろん、それも重要です。

 でも、現場で働く人間にとって、一つの工程そのものを消してしまう発明は、それとは少し違うインパクトがあります。

 「便利になった」というより、「仕事のやり方が変わった」という感覚です。

森林測量に必要な精度とは

 森林の測量には、一定の信頼性も必要です。

 特に境界測量は、その後の森林施業や森林情報のベースとなるデータですから、「だいたいこの辺」で済ませるわけにはいきません。

 一方で、すべての森林施業の測量に、土地家屋調査士が使用するトータルステーション系の機器や、高精度なGNSS測量機器と同じ仕組みが必要かといえば、そうではないと思います。

 森林・林業の現場には、その目的に応じて必要とされる精度があります。

 その精度を確保しながら、小さな機器を持って山の中を移動できる。そして、何より検縄を引かなくていい。

 デジタルコンパスは、森林の現場にとって、そのバランスが非常によかったのだと思います。

次の革命はGNSSに期待

 もちろん、技術はさらに進んでいます。

 GNSS、航空レーザー、地上レーザーなど、森林を測る技術はこの20年で大きく進歩しました。

 ただ、実際の森林で使うことを考えると、まだ実証段階を抜けきれていないもの、性能は良いけれど意外と手間がかかるもの、費用対効果を含めてクリアしなければならない課題が残るものもあります。

 例えばGNSS。

 谷間や過密な森林の中でも、測点に立って数秒待てば、森林施業に使える十分に信頼できる位置情報が得られる。

 そんなことが当たり前にできるようになれば、私はかなり大きな変化だと思います。

 なぜなら今度は、デジタルコンパスが「検縄を引く」という工程を消したように、測点間を見通して測るという制約そのものをなくす可能性があるからです。

 そのときには、私の「最大の発明」も変わるかもしれません。

 でも、今のところはデジタルコンパス。

 最新でも、最も高価でも、最も高精度でもありません。

 それでも、道のない森林を歩き回って仕事をしてきた私にとって、

  「もう検縄を引かなくていいんだ」

 という実感は、なかなか強烈なものでした。

 森林・林業の技術を評価するとき、「何ができるようになったか」だけでなく、

  「何の工程をなくしたのか」

 という見方をしてみるのも面白いのではないでしょうか。

 あなたは、森林・林業の最大の発明は何だと思います?

 「いや、これでしょう」というものがあれば、ぜひ教えてください。

  メール(info@morideza.jp)にて、返信、お待ちしています。 


森林政策コラム②  『森林計画図に「林班・小班」は必要ですか?』

森林行政や林業に関わっている人なら、「林班」「小班」という言葉を知っていると思います。

 森林計画図では森林が林班・小班に区分され、森林簿もこの単位で整理されています。

 森林経営計画を作成するときにも、国や県の公共造林事業などの支援策を活用するときにも、計画書や実績書類には森林の所在地とあわせて林班・小班を記載することが求められます。

 でも、私は以前から疑問に思っています。

 林班・小班は、本当に必要なのでしょうか。

 もっと言えば、

 現場で、誰が林班・小班を使っているのでしょうか。

林業の現場で「○林班○小班」と言いますか?

 森林所有者から森林整備の相談を受ける。

 現地を確認する。

 森林経営計画をつくる。

 間伐などの施業を行う。

 補助事業を活用する。

 こうした実際の業務の中で、林業事業体や市町村が森林の所在を確認するとき、「○林班○小班の森林」として場所を特定することが、どれだけあるでしょうか。

 通常、森林の所在を確認するのであれば、所在地や地番を使います。

 GISが普及した現在では、地番や森林の位置を地図上で確認し、必要な区域の面積を計測することもできます。

 それなのに、森林経営計画や公共造林事業などの書類を作成するときになると、現場では普段使わない林班・小班をわざわざ森林計画図で調べ、書類に記載し、行政側もそれが正しいかをチェックする。

 いったい、何のための作業なのでしょうか。

国有林では必要だったのかもしれない

 林班・小班という管理方法は、広大な国有林を管理する上では有用な仕組みとして発展してきたのかもしれません。

 そして、これは私の推測ですが、日本の民有林施策を構築していく過程でも、こうした森林管理の考え方が取り入れられてきたのではないでしょうか。

 しかし、国有林と民有林では森林管理の前提が違います。

 民有林には所有者がいて、土地には地番があります。

 その民有林を管理するために、所在地や地番とは別に林班・小班という独自の区画を設定し、それを森林計画や補助事業の手続きにまで使い続ける必要が、本当にあるのでしょうか。

林班・小班で、何を管理しているのでしょうか

 私はここを知りたいと思っています。

 林班・小班単位で、森林行政上必要な統計を集計しているのでしょうか。

 林班・小班を使って、森林の所在を確認しているのでしょうか。

 林班・小班でなければできない森林管理があるのでしょうか。

 もしあるのであれば、ぜひ示してほしいと思います。

 少なくとも私が森林行政の現場で仕事をしてきた中では、林班・小班でなければならない理由を感じることはありませんでした。

 むしろ、森林経営計画や公共造林事業など、本来は森林整備を進めるための制度の中で、現場では使わない情報をわざわざ調べて記載し、それを行政がチェックするという仕事を生み出しているように見えます。

 林業事業体にも仕事を増やす。

 市町村にも仕事を増やす。

 都道府県にもチェックする仕事を増やす。

 それによって、森林が一ヘクタールでも多く整備されるのでしょうか。

森林行政の「当たり前」を疑ってみる

 森林行政には、長い間続いてきた仕組みがたくさんあります。

 長く続いている仕組みには、それがつくられた当時の理由があったはずです。

 しかし、その理由が現在も存在するとは限りません。

 GISが普及し、森林情報のデジタル化が進み、地番や所有者情報、施業履歴などを地図上で扱える時代になりました。

 それでも私たちは、これまでと同じように林班・小班を調べ、書類に書き、それをチェックしています。

 制度を維持するために現場が仕事をするのではなく、森林をより良く管理するために制度があるはずです。

 林班・小班を使い続けることに明確な意味があるのであれば、その意味を示せばいい。

 意味がないのであれば、やめればいい。

 私は、林班・小班をなくすこと自体が目的だとは思っていません。

 ただ、これまで続いてきた制度だからという理由だけで、その仕組みを使い続ける必要はないはずです。

 森林計画図に、林班・小班は本当に必要ですか?

 私は、必要だと言える理由を、まだ見つけられていません。


森林政策コラム① 『森林経営管理制度と森林環境譲与税の本質』


  2026年7月 地域林政アドバイザー研修の一環で、森林経営管理制度と森林環境譲与税についての講義を受講して、改めて感じたことがあります。
 

 それは、現在の森林政策は、以前のように「国が答えを示し、自治体がそのとおり実施する」という制度ではなくなっているということです。 
  今回の研修でも、従来と同じように森林経営管理制度や森林環境譲与税について説明がありました。しかし、私が印象に残ったのは、個別の制度説明よりも、その背景にある考え方でした。
 
 林野庁が繰り返し伝えていたのは、
 「制度の目的を理解してください。」 「地域の実情に応じて考えてください。」 ということです。  
 つまり、制度の目的や方向性は国が示しますが、その実現方法は自治体自身が考えることを前提としています。
 
 森林経営管理制度もそうです。 法律やガイドラインはありますが、
  「この順番で実施してください」
  「この事業を必ず行ってください」という制度ではありません。
 
 森林環境譲与税も同様です。 使途は幅広く認められていますが、「この事業に使いなさい」という一覧表が示されるわけではありません。 その代わりに林野庁が示しているのは、全国の活用事例です。
 つまり、 「各地域で工夫してください。」 というメッセージだと私は受け取りました。

 自由度が高い、ある意味では自治体にとって責任の重い制度です。

 その事業を選んだ理由、 森林整備や地域課題との関係、 そして森林環境譲与税を充当する理由まで、 自治体自身が説明しなければなりません。 議会、市民、監査などに対して、 「なぜこの事業なのか」 を説明できることが重要になります。

 一方で、林野庁が比較的明確に示していたこともあります。 森林環境譲与税を、理由なく積み立て続けることは避けてほしいということです。

 私は、この点が印象に残りました。 逆に言えば、それ以外については、制度の趣旨に沿って説明できるのであれば、自治体の創意工夫に委ねられているとも受け取れます。

 私は約20年間、自治体で森林行政に携わってきました。 振り返ると、自分が取り組んできた仕事も、制度をそのまま実施することではありませんでした。 地域課題を整理し、 森林経営管理制度や森林環境譲与税など様々な制度を組み合わせ、 地域に合った施策として設計し、 市民や議会へ説明できる形に整理することでした。

 研修を受けて感じたのは、その考え方は現在の森林政策の方向性とも一致しているということです。

 私は制度そのものを説明する専門家ではありません。 森林経営管理制度、森林環境譲与税、地域林政アドバイザー制度など、それぞれの制度の目的や趣旨を読み解き、地域の政策へ落とし込むことを支援しています。

 制度はゴールではありません。

 地域に合った森林政策を実現するための手段です。






実務記録(自治体での業務)

 本ページは、これまで実施してきた取組について時系列で整理したものです。
 構造として設計する考え方へつながる根拠になってます。
 全体像の理解や、具体的な取組の背景を知りたい方はご覧ください。

【足助町編】___________
平成6年度4月 足助町入庁
平成6年度~平成7年度(2年間)
建設課 用地担当
町道の用地取得、用地測量、境界確認、表示・権利登記事務に従事した。
足助の町道は、山村の山林、農地、宅地などの土地から構成されており、用地測量を行いながら、土地家屋調査士や測量会社とも連携して業務を進めた。この経験を通じて、森づくり団地にも通じる境界確認や、公図や測量図の見方など、必要となる基礎的な知識と感覚を身につけることができた。
また、表示および権利登記については、当時は手書きで書類を作成し、登記完了まで一貫して従事していたことから、登記実務の基本を実体験として習得することができた。
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平成8年度~平成12年度(4年間)
産業課 林政・林業用路網担当
林道の開設2路線、改良2路線、舗装3路線、危険地対策2件、作業道3路線など、年間を通じて複数の路網整備を担当し、それらの設計、工事発注および施工管理業務に従事した。あわせて、足助町全職員参加による間伐実施研修の企画と実施を担当した。
設計図については手書きで作成するところから始まり、地形図の読み取り、路網の線形の取り方、コンパスや間縄、ポール横断といった測量技術まで、現場で必要となる基礎を一つひとつ習得した。また、工事の現場では、土木事業者や重機オペレーターから基本的な土木用語や現場の考え方を学ぶ機会を得た。これらの経験は、後に森づくりにおける林業用路網の議論を行う際、森林組合や林業事業体との協議を円滑に進めるうえでの土台となっている。
この時期には、愛知県の元林務課長である岡田公人氏が足助町の嘱託職員として着任し、その企画および指導のもと、まずは森林や間伐の大切さを全職員で共有することを目的として、職員をグループに分け、数回に分けて間伐実施研修を行う取組に参画した。単なる研修にとどまらず、実際に手を動かすことで森林を理解する機会となり、森林施策を進めるうえでの共通認識づくりの重要性を実感した。
また、この時期には、町外住民向けの間伐体験イベントの実施や、足助町と林業関係者が連携した「足助フォレストサポート協議会」の設立、林業の労働力不足解消を目的とした「あすけ山里協力隊」の公募事業にも関わった。この取組は、単発の啓発ではなく、森林を自分事として捉えるきっかけをつくることを意図して企画したものである。
さらに特筆すべき出来事として、これらの間伐体験イベントが、後の豊田市の森づくり施策につながる契機となっている。後年、豊田市森林課長として森づくりを牽引することになる原田裕保氏が、この足助町主催の間伐イベントに参加したことをきっかけに森林に興味を持ったことを、後から知ることとなった。
足助町での取組は、その場限りの事業ではなく、人を通じて次の施策へとつながり、結果として豊田市において盛んとなる森林間伐ボランティア活動や、水道水源保全基金の創設のきっかけとなったといえる。
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平成12年度~平成13年度(2年間)
保健福祉課 介護保険システム運用・マルチメディア医療担当
介護保険制度の開始を受けて、足助町、旭町、下山村、稲武町の東加茂郡エリアで新たに運用する介護保険システムの構築と運用開始に向け、各町村の担当者および社会福祉協議会のケアマネジャーやヘルパーと、システム構築会社との調整業務を主に担当した。
この業務においては、介護保険やシステムに関する知識や経験が極めて乏しい状態からのスタートであったが、素人であることを逆に強みとし、現場の視点から積極的かつ率直に意見を出す姿勢を意識した。その結果、現場の意見をシステムに反映することを重視した調整を行うことができたと考えている。
また、この時期には足助町全域にインターネットを整備する事業が展開され、これとあわせて、足助病院と連携したテレビ会議システムや、自宅でバイタル測定を行い遠隔で診断を受けるマルチメディア医療にも参画した。現足助病院名誉院長の早川富博氏から、過疎地医療の課題とその対応に向けた取組について学ぶ機会を得た。
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平成14年度~平成15年度(2年間)
愛知県市町村課出向(財政担当~合併支援室)
1年目は財政担当として地方交付税や決算統計などを扱い、県の立場から市町村を担当する業務に従事した。2年目は市町村合併支援室に所属し、各合併協議会への支援や県内の一部事務組合などの対応を担当した。
それまで全く無知であった自治体財政の仕組みについて、実務を通じて理解を深めるとともに、当時、県内88市町村の財政力や地域ごとの体力の違い、地域差の実態を体感することができた。
当時、市町村合併支援室長であった片桐正博氏は、その後愛知県副知事を務められるが、このときの縁を頼りに、とよた森づくり委員会委員への就任を依頼し、さらに豊田森林組合長への就任へとつながっていくことになる。
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平成16年度(1年間)
企画課 市町村合併担当
平成17年度の豊田市への編入に向け、庁内業務の包括的な整理および町民への合併説明会などに従事した。
合併に対して賛成と反対の意見が混在する中で、説明会の進行や説明資料の作成を繰り返し経験することとなり、それまで極めて苦手であった人前での説明についても、徐々に度胸と対応力を身につけることができた。この経験は、その後の森林課における地域森づくり会議方式の説明会などに活かされていくこととなる。
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【豊田市編】___________
平成17年度~平成20年度(4年間)
森林課 森づくり担当
平成17年度、藤岡町、小原村、足助町、旭町、下山村、稲武町の6町村が豊田市へ編入合併し、新たに森林課が設立された。その初期メンバーとして配属された。
森づくり条例、森づくり構想、森づくり基本計画の策定にあたっては、当時の森林課長である原田裕保のもと、愛知県から出向していた北岡明彦氏の指示を受けながら策定業務に従事した。合意形成の場として設立された「とよた森づくり委員会」においては事務局として関わり、構想の一部文章作成と図表全般の作成を担った。
豊田市の森づくりは、従来の林業行政主体から森林行政への転換を図った点に大きな特徴がある。この過程において、北岡明彦氏や委員として参画していた蔵治光一郎氏(東京大学教授)から、森林の公益的機能や科学的知見に基づく考え方を学び、現在の森林・林業政策の基礎となる視点を得た。
また、豊田市の森づくりの筆頭施策である地域森づくり会議による団地化については、ゼロから立ち上げる業務に従事した。足助地区、旭地区、下山地区、稲武地区にそれぞれモデル地区を設定し、自身は下山地区の羽布地域を担当して団地化の実践を開始した。
団地化の初期段階では、所有者探索や公図等を用いた基礎資料の作成、境界確認などが必要となるが、これらは足助町時代に培った経験がそのまま活きることとなった。従来の個別施業では整備が進まない状況があり、所有者を取りまとめて一体的に進める必要があると判断した。
また、当時から関係のあった土地家屋調査士の安藤勘二氏に協力を依頼し、森林課や森林組合の職員向けに山村部の境界に関する基礎研修を企画・実施した。
モデル地区での実践を踏まえ、「隣の庭は方式」により他地域からの要望が増加し、地域説明会用の資料や説明内容を標準化したうえで各地区担当に展開した。年間50回を超える説明会を実施し、複数地域で地域森づくり会議が発足することとなった。この時期は、構想を現場で動く仕組みに変えていく立ち上げ期であり、自身も中心的に関わる一方で、制度・技術・合意形成のすべてを横断する難しさに直面し、試行錯誤を重ねる中で経験を積み上げた段階でもあった。
さらに、地籍調査が進んでいない豊田市において団地化を効率的に推進するため、市独自の森林GISの導入を立案し実装した。境界確認の困難さを補うため、地番参考図、森林計画図、地形図、航空写真を組み合わせて表示できる仕組みを構築し、デジタルコンパスやGNSS機器の導入とあわせて業務効率の大幅な向上を実現した。境界未確定のままでは施業が進まないという構造的な課題を解消することを目的とした。
豊田市の森づくりは、2000年の東海豪雨を教訓としている。北岡明彦氏の指導のもと、豪雨前後の航空写真や地形図の比較を行い調査地を選別し、豪雨で崩落した森林の調査を行い「森の不健康調査」としてまとめた。
また、従来の10%から20%の間伐率から、40%の間伐率での間伐を推進するため、北岡明彦氏の指導のもと、「間伐モニタリング調査」を設計し、調査者の発掘から育成を行う運用方針を作成した。これは令和7年度まで同一調査者によるモニタリングとして継続されている。また、この調査から、後の市全域航空写真解析の独自指標設定を行った。
これらの取組により、森林施策は想定ではなく、観測と検証に基づいて組み立てるべきものであると認識した。
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平成24年度~令和元年度(8年間)
森林課 森づくり担当(総括)
平成21年度から平成23年度まで建築住宅課に配属されていたが、管理主体の業務に違和感があり、ジョブリクエストにより森林課への復帰を志願し、再び森づくり担当に配属された。この時期は、森づくり担当全体を総括する立場として、市と森林組合の連携のもと、各地区担当による団地化推進と間伐推進の統括を担った。
この期間に、より効率的な団地間伐方式として「一括化方式」を考案した。従来のように個々の境界確認を前提とするのではなく、団地の外周のみを確認し、団地内の土地所有者の承諾をもとに施業を進める手法であり、実装まで行った。境界確定に時間を要する従来手法では事業が進まないため、実行性を優先した仕組みとして設計した。
また、豊田市の森づくり構想および基本計画において設定されていた過密人工林20,000haという数値については、市民活動「森の健康診断」による調査結果をもとに推計されたものであったが、団地化や間伐の計画・実績管理を進める中で、より精度の高い森林状況の把握が必要であると考えた。
そのため、市が保有する空中写真を活用し、10mメッシュで市全域の森林解析を実施するとともに、人工林を成立本数のみで評価し、「健全」「移行」「過密」の区分を独自に定義した。これにより、従来よりも信頼性の高い分母に基づいた計画策定や進捗管理が可能となり、市民に対しても視覚的に森林の状況を提示できるようになった。さらに、この解析を10年ごとに実施する方針とし、経年変化を把握できる体制を整えた。従来の推計値ではなく、実態に基づいた分母で政策判断を行う必要があると考えた。
一方で、実際に間伐を担う豊田森林組合では、安全性の確保を背景に、高齢作業員の整理や給与制への移行といった改革が進められていた。その結果、かつて100名を超えていた作業員が半減する状況となり、担い手確保が課題となった。
この課題に対し、森林環境譲与税の交付開始による財源を活用し、林業高校への求人を行うとともに、新規採用者を安全に育成するため、採用後すぐに近隣の林業大学校へ入学させる仕組みを森林組合の要望を踏まえて設計し、補助事業として実装した。猿投農林高校、安城農林高校、田口高校からそれぞれ1名ずつ、計3名の人材確保にもつながった。単なる人材確保ではなく、安全に育成する仕組みとして設計した。
この期間には、2013年に林業改良普及双書No.177「協議会・センター方式による所有者取りまとめ―森林経営計画作成に向けて」において、「大字単位の『地域森づくり会議』方式 愛知県豊田市の団地化推進プロジェクト」を寄稿する機会を得た。これにより、豊田市森林課が始動してからの5年間の取組を振り返り、事業構造の重要性に気づく契機となっている。
同年の林野庁「持続的森林経営確立総合対策検証実践事業」における検討委員会への委嘱をはじめ、2013年から2015年にかけて、森林情報高度化利活用技術開発事業や森林クラウドシステム標準化事業の検討委員会委員、2017年には日本林業協会第4次調査「森林資源の循環利用と新たな森林管理のあり方」調査研究会委員などを務めてきた。これらの活動を通じて、全国の先進的な取組を行う関係者との交流の機会を得る中で、地域ごとの課題や実情を踏まえ、豊田市の森づくりを客観的に捉える視点を得るとともに、他地域へ展開可能な要素とそうでない要素、林野庁や都道府県の視点など、幅広い知見と実感を得てきた。
こうした経験を背景に、全国各地で豊田市の事例発表や講演の機会を得てきたが、単なる事例紹介にとどまらず、本質的な視点や考え方を伝えることを意識している。
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令和2年度~令和3年度(2年間)
環境政策課 自然環境・環境教育担当(総括)
担当の総括として、環境施策全体の見直しと再構築に取り組んだ。
環境施設エコットを起点とした環境教育については、業務範囲が過度に拡大している状況を整理し、主体であるごみ関連および工場見学に機能を絞ることで、職員の業務と理解のスリム化を図った。
また、「とよたエコポイント」については、システムの老朽化や市財源によるポイント発行に依存している点が課題となっていたため、これを見直し、協力店舗主体の「とよたSDGsポイント」を新たに構築した。既存システムの活用により低コストかつ迅速に導入するとともに、協力店舗への営業戦略とツール整備を行い、2年間で約100店舗の参加を実現した。行政主導ではなく、民間主体で自走する仕組みに転換することを目的とした。
ツキノワグマ対応については、それまで支所任せとなっていた体制を見直し、環境政策課主体の体制へと再編した。錯誤捕獲が増加したことを契機に、愛知県の対応の脆弱性を指摘し、改善を求めるなど、予察捕獲許可に向けた基盤づくりを行った。また、捕獲個体を教育資源として活用するため、はく製化し、市内各所で展示を実施した。このはく製は現在、豊田市博物館で展示されている。
さらに、ラムサール条約登録湿地である矢並湿地、恩真寺湿地、上高湿地については、それぞれの管理体制が十分に機能していない状況を踏まえ、まず矢並湿地の10年計画を策定した。従来の保全中心の考え方から、100年後も希少植物を観察し続けることを目的に据え、モニタリング調査や実行体制を位置付けた。この取組は他の湿地へも展開される基盤となった。保全そのものではなく、長期的に関わり続ける仕組みとして再設計した。
あわせて、湿地周辺の森林整備の遅れに対応するため、県補助事業を活用して上高湿地周辺の森林整備を実施し、管理団体と協議のうえ管理道の整備も行い、負担軽減を図った。
この時期、自然環境施策が生物多様性に偏り、全体像を捉えた展開となっていないことに課題を感じた。また、環境教育が特定施設に依存している状況にも問題意識を持った。こうした認識から、小学校高学年を対象とした軸となる学びの必要性を考え、流域学習プログラムの立案につながった。
森林、河川、生物多様性といった分野ごとの講座を横断し、それ以前の基礎となる自然環境の理解を共通化する仕組みとして再構成し、小学校5年生の社会科単元に位置付け、市内全校での展開を目標とした。分野ごとの個別理解ではなく、全体像を捉える基礎として設計した。
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令和5年度~令和7年度(3年間)
森林課 森づくり企画担当
豊田市森づくり条例・豊田市100年の森づくり構想の改正、とよた森林学校、地域材、森林環境教育、森林啓発、森林法・林政業務を総括した。
豊田市100年の森づくり構想は、平成18年度策定、100年先を見据えた20年間の方針を定めたものであるが、2028年度の区切りを迎えるにあたり、想定で始めた森づくりを、これまでの知見や経験、取り巻く環境変化に基づいて大幅にリニューアルするために、令和5年度から検討を開始した。理念1から理念4を順に、その改正案を豊田市森づくり委員会で順次合意形成することを中心として進めた。目標としての針広混交林の廃止、施業別ゾーニングをしない選択、地域材利用の基本的な考え方の見直しなど、現状と不具合を解消するとともに、4つの理念の再構成案を立案した。従来の理念と実態の乖離を解消し、運用される構想へと再設計することを目的とした。
施業別ゾーニングについては、現場の実態と合わず運用されないことから採用しない判断とした。
とよた森林学校は、令和5年度に担当する以前に、豊田森林組合への一括委託形式が廃止され、豊田森林組合への一部委託と団体への補助等に分断して運用され、一貫性のない状態であると判断した。とよた森林学校は、平成18年度から豊田市の森林環境教育の軸として進めてきた重要な取組であったので、市の森林環境教育での位置づけと対象と領域を定義しなおし、とよた森林学校の現場を担ってきた運営・講師陣と協議して実行委員会方式で運営を提案し、予算措置も含めて実行まで行った。
地域材では、森林保全や林業振興を目的とする方針から、より市民へ訴求しやすい身近な森林資源活用主体とした方針に改めるとともに、市内の地域材流通を整理し、公共建築等への利活用方針も使用材積を重視する方針を改め、市民等への見える化を重視する方針に改めた。市民にとっての価値を可視化しなければ利用は広がらないと判断した。
地域材の中間支援組織である一般社団法人ウッディーラー豊田は、デザインや企画力が高い団体であることを強く感じ、従来はイベントのブース出展による啓発や地域材を主体とした主催イベントを実施してきたが、コロナ禍明けもあって、豊田市駅の商業施設で森づくりと地域材をまとめた1週間のイベントを同団体と協力して企画・実施するとともに、他のイベント出店を極力控えるなど合理化も図った。このイベントは「森THANK YOU マジ森」として令和5年度から7年度までアップグレードしながら3回実施し、企画・運営を中心的に行った。点ではなく、一定期間で集中的に伝える方が効果的と判断した。
流域学習プログラム事業は、環境政策課時に立案し推進していたが、森林課に戻った時点で主体を森林課に移し、中心で進めた。小学校への校外学習を従来通り進めると併せて、教員向け講座や校外学習講師の主体を豊田市自然観察の森へ運用できるように進めた。地道な取組から、教員の社会科自主研究グループが主体となってこのプログラムを進める動きにつながった。併せて、その教材制作については、森林・林業では異分野となる芸術系大学との連携も進めた。
地域材利活用では、豊田市産材のPR力を強めるとともに、矢作川流域材という新たな切り口に着目し、流域圏市町を巻き込んだ流域連携の取組を開始した。
森林法等林務関係業務においては、増加と複雑化する伐採届や森林所有者届の事務運用を見直し、事務の大幅削減を行うとともに、判断が迷う開発関連手続きなどについて、国のチャレンジ提案制度を活用した改善や、県へ強く意見し業務改善を進めた。
この3年間では、豊田市森づくり構想の改正の骨子の整理や、流域学習プログラム事業における自主研究連携・官学連携、矢作川流域市町との流域連携の立ち上げなど、一定の目途をつけることができた。
一方で、令和8年3月の異動により、これらの取組は後任へ引き継ぐこととなった。
この期間に取り組んだ内容は、個別の事業改善にとどまらず、森林施策全体の構造を見直し、再設計するものであった。
・理念と実態の乖離を解消する構想の再設計
・分断された教育・普及・資源活用の再接続
・行政・中間支援・民間の役割の再整理
・流域単位での連携の起点づくり
これらは、制度、現場、組織、社会の関係性を再構築し、森林施策を「回る仕組み」として再編する試みであった。

これまでの経験から、森林施策は構想・制度・現場を分断せず、往復しながら設計・実装する必要があると考えている。
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流域の森づくり政策デザイン室